ふるさととくぢ集落支援員だより(6月号)

徳地版もうかる農業プロジェクト

 4月交流センターで「徳地版もうかる農業セミナー」を行いました。キッカケは、2月「山口市もうかる農業創生セミナー」で、今、市内南部地区で実証実験されている実態を知ったからでした。

この実験に参加されている生産者から生の声を聞くことが出来ました。

「野菜のパック詰めや選別の作業に今まで5時間かかっていたが1時間で済むようになった」「今2町歩野菜を作っているが今年5町歩にする」「儲かるので子どもが後を継いでくれた」。

 この実験は、山口市とスーパーと道の駅と生産者(山口市南部地区)が連携して野菜に特化して取り組んでいるものです。何故南部だけで実験されているのかを質問しました。「希望者がおられれば徳地に話にいきますよ」との回答をいただき、今回の開催につながりました。できれば徳地全域から希望者を募るべきでしたが、実験ということもあり小さく始めて早く実績を作り、良い評価が得られれば全体に広めて行こうと考えました。

 すぐにでも実験に参加したいという希望者が数人おられ、今その準備を急いでいるところです。南部地区の実態を参考にして「徳地版もうかる農業」が広がれば「休耕田の解消」「後継者の確保」「定住人口の増加」等の課題解決のみならず、「活気あふれる、みんなが豊かな気持ちになる徳地」が必ずやってくると信じています。

                  (集落支援員:市原 茂)

      徳地版もうかる農業セミナーでの加工品試食の一幕

ふるさととくぢ集落支援員だより(5月号)

本誌編集者の池田さんの所に宇部の人から「徳地出身で、藤本3兄弟という、3人揃って博士号を取られた方がおられる。その方たちのお墓を探してもらえないだろうか」という電話が入りました。

早速仲間と資料や近所の長老の方々の情報を頼りに、それらしき周辺を中心に探しました。場所は漆尾の山中です。昔は公園だった広場が今は木や雑木で覆われていました。なかなか見つからず仲間が諦めて「帰ろう」と促したので、頭を上げた瞬間、資料にあった墓の写真に似た光景が木々の間から見えました。

蚕糸業に関する多くの著書を出された農学博士の次男、京都大学経済学部長経済学博士の三男、東京第一師範学校長や愛媛大学初代学長をされた文学博士の四男と、華々しい功績を残された3兄弟が地元から出られたということは、特に子どもたちにとって大きな励みになるのではと思いました。この田舎にいても、徳地でできること、徳地だからできること、徳地からできることがいろいろあることを3兄弟の話を知って感じました。                                               (集落支援員:市原)

          藤本3兄弟の記念碑

ふるさととくぢ集落支援員だより(4月号)

先月号のこの欄で「佐波川美化ボランティア活動」について述べました。少人数で始められたこの活動に賛同し協力していただける方々が日に日に増え、地元以外からも参加したいとの声が届いているそうです。

大藪だったところが今はまだ一部ですが車で乗り入れることができるまで刈り取られ、先日は数人でキレイになった草むらに椅子を持ち込んで弁当を食べました。以前とは見える風景も変わり、砂辺や水の流れが一段と清々しく感じられます。子どもたちが楽しく遊び回る光景を早く見たい、それを励みにみんなで頑張っておられます。

                     (集落支援員:市原)

ふるさととくぢ集落支援員だより(3月号)

「住民が創る地域運営組織と人材育成」と題した講演会に出席しました。

山形県川西町が平成14年頃から町の財政危機をキッカケに地域が一体となって取り組んできた内容でした。「マンネリ化した組織をどう変えていったか」「その中で若者をどう見出し、地域を担う人材に育ててきたか」「財政をどう立て直してきたか」いずれも身近な問題で学ぶところが沢山ありました。

特に、「地域性が違うからとかいわないで、小さいことからでも動き出して変えて行くこと。現状維持では退歩する」という言葉が強く印象に残りました。

 徳地は有史以来佐波川の恩恵を受けて今日に至っています。先日仲間と川沿いを歩いてみました。一級河川としては水質日本一といわれる通り、澄み切ったきれいな水の流れと小石や砂利が広がった河岸に魅入りました。

一方、イノシシが掘り起こしたままの荒地、草木が生い茂った場所、心ない人が投げ捨てたゴミがそのままになっている所もありました。付近の方に聞くと「昔は皆ここで水遊びをしたり泳いだりしていた」と言われました。仲間と「ここをきれいにする活動を始めよう」ということで意見が一致し、管理している事務所に相談に行きました。

「住民の方が、自主的にこのような活動をしていだだくことに感謝したい。どの地域をどうしたいかの簡単な内容を書いて届け出ていただければ問題ないですよ」と言われたので即日書類を揃えて届け出を終えました。

 きれいな河岸がよみがえれば、大人にも子どもにも憩いの場になり、時にはイベントもできます。お金をかけなくても、立派な遊び場になります。元気な子どもたちが遊び回る光景が目に浮かびます。小さいことから一歩を踏み出す。それが大事だと思います。

                     (集落支援員:市原)

新しい取り組みに対するヒント

 東京のIT企業の方が過疎地域でのビジネス(主に交通関連)を探りに視察に来られ、その意見交換の場に同席しました。

「停留所までどのくらいの距離であれば歩くことが可能か?」とか「ある程度人数が集まらないと送迎するのにも効率が悪い」とか企業目線の質問が相次ぎました。

「田舎の高齢者は街に出かけるときは、例え病院に行くとしても帰りには買い物をして帰る。行きは身軽だから多少歩けたとしても帰りは荷物があるので家まで送ってもらわないと歩けない」

「田舎は車を運転しないと仕事にならない。高齢者が安全で安心して運転できるような技術開発にビジネスチャンスがあるのではないか」等のやり取りをしました。

後日「今回の視察に於いて、大変心動かされるものがあった。社内で情報共有を図り、更に検討を深めたい」旨のお礼のメールがありました。

 相前後して奈良の観光案内をされているボランティアの方々が徳地に来られました。

「東大寺南大門を案内するとき、山口県の徳地でとれた木が使われていますと説明しています。徳地とはどんなところか一度は見ておく必要があるので来ました」と言われました。

野谷や岸見の石風呂をご案内し重源の郷では石風呂に入って実体験されました。法光寺では奈良の南大門の木が徳地産であるという根拠になるお話を住職が熱く語られ、納得と感動をされて帰られました。  

ビジネスにしろボランティアにしろ、自分の目で見たり、確かめたり、自分の5感で感じることによって、またその土地の人の話をよく聞くことによって新しい取り組みに対するヒントがそこにあると思いました。              (集落支援員:市原)

法光寺にて

集落支援員として徳地に来て1年が経ちました

 昨年10月集落支援員として徳地に来て1年が経ちました。最初の頃、藤山浩先生の「徳地の人口分析調査」の報告会が各地区でありました。「このままだと集落が消滅する。何とかしなければ」という同じ想いを持つ人が数人来られ、話し合う場ができました。何回か話し合っていた時、ある方から「地域の事も知らずに話し合いだけしていることに意味はあるのか?」というお言葉をいただきました。

「そうだ。話し合って意識が変わっても行動が変わらなければ意味がない」とその時気付かされ、話し合っている仲間で「出来ること」から行動に移ることにしました。

小学生が自分たちが撮った写真を動画にする手伝いをしたり、高校生の文化祭に協力したり、お祭りで子どもたちに「おにぎりのにぎり方」を体験してもらったりしました。

まだまだ小さなことですが今は小さな積み重ねが大切と思って行動しています。

「色々な行動をされているから、皆さんに活動を紹介されたら」と先にお言葉をいただいた方から声がかかりました。「少しは認められつつあるのかな」と嬉しくなり、今後は「活動をもっと知ってもらう」ことにも力を入れて行こうと思いました。

皆様の「話し合いの場」が徐々に広がりつつあります。「八坂を元気にプロジェクト!」も動き始めました。私自身、徳地のことをもっと知り、集落支援員として今後もこのような話し合いの場づくりを支援したり、時には話し合いに加わって皆さまの考えを引き出すお手伝いができたらと思っています。            (集落支援員:市原)

”心に残った風景”  どこかおわかりですか?

徳地に魅せられて

須賀神社(小古祖)で拓本のとり方の研修会がありました。県内からのお客様を駐車場へ案内するため立っていました。一人の女性が坂道を楽しそうに降りてこられました。近所の人と思って「天気も良いし、気持ち良いですね」と声を掛けてみました。

「つい一ヶ月前に都会からこちらに引っ越してきたばかりなんです。この大自然と空気の清々しさは、実際に住んでみないと味わえないですね。毎日散歩して大自然を満喫しています」と弾んだ声が返ってきました。

「徳地に移り住もうと決心された決めては何ですか?」」と聞くと「永い間、都会の雑踏の中で暮らしてきました。定年を機に、自然に囲まれた、静かな田舎でのんびり暮らしたい。いろいろな田舎を見て回ったが、この徳地がわたしには最高でした」と応えられました。

 先日、全国過疎問題シンポジウムが山口でありました。発表の中で、「地域の人が伝えたい魅力と、来訪者が感じる魅力は違う。だから地域の紹介はしない。来て、見て、感じてもらうことが一番」と言われました。

そうだ!徳地に来て貰って素顔の徳地に接してもらうことだ。それだけの魅力が徳地にはたくさんあることを一人の女性から改めて気づかされました。(集落支援員:市原)

拓本のとり方研修会の一風景

地域と子どものつながり

 中央小学校3年生の総勢12名が「徳地のよさを伝え笑顔の輪をひろげよう」というテーマで開いた写真展に行ってきました。子ども目線で撮った徳地の素晴らしい光景がありました。また、見に来られた方に、自分の撮った写真を笑顔で楽しそうに紹介する姿が、とても印象的でした。

 今、「ワイガヤの会」(出雲地区で進めている会)で「動画プロジェクト」を立ち上げています。地域住民自らが地域の情報を収集し、発信するプロジェクトです。

地域住民が地域に誇りを持つこと、他地域の方が徳地に興味を持ってもらうこと、さらにそれが交流人口を増やし、移住や定住につながることを目的としています。

校長先生にそのことを告げると「子どもたちが撮った写真を活用できませんか」とのお話があり、早速、「動画プロジェクト」でこれらの写真を「動画」にすることを提案しました。

 後日、出来上がった「動画」を校長先生に見ていただきました。「子どもたちが、一生懸命に取り組んだことが、このような形で仕上がるとは子どもたちに良い記念になります。一生の宝物になるでしょう。」「学校が地域と連携することで、すばらしい力につながります」と大変喜ばれ、早速、地域や保護者に紹介していただきました。

 子どもたちが地域に誇りを持ち、住み続けたいと思ってくれるような取り組みを、これからも連携して考えていかなければと強く思いました。

写真撮影/中央小3年生            (集落支援員:市原)

徳地に未来がやってくる!自然薯(ジネンジョ)栽培

島地で自然薯(ジネンジョ)を栽培・販売されている(株)ミライエfarmの経営者土井 志則さんに話を伺いました。土井さんは6年前にUターン、実家の家業と兼業しながら自然薯の栽培に着手、試行錯誤しながら独自の有機自然薯の栽培法を確立されました。

今、4haの地で15t/年を販売。国内だけでなく、特に中国への輸出に注力。中国では漢方薬「山薬」として広く使われていて、土井さんの有機栽培での商品は高く評価されています。

自然薯は元々山に生育しているので、山に囲まれ、昼夜の温度差が大きい徳地は最適な生育環境。味と粘りは群を抜いていて、関東圏でも一級品として扱われています。

県内では湯本温泉大谷山荘の音信(おとずれ)で朝食に出されているとのこと。将来は150t/年が目標。そのためには、「人」と「農地」の確保が課題。

「農地は今後休耕田が増えそうなので何とか目途が立ちそうだが、人の確保が難しい」と言われていました。

ミライエでは自然薯栽培に興味を持たれ、真剣に取り組んでみたいと思われる方を常時募集されています。会社の名前もミライエ(未来へ)と未来を向いています。

”徳地に未来がやってくる” この息吹きを感じ、心が躍りました。

事務所前で 代表取締役 土井志則さん
               (集落支援員:市原)

八坂を元気に!プロジェクト

「八坂を元気に!プロジェクト」意見交換会に参加しました。

中山間地域を元気にするための県の事業「新中山間地域振興特別対策事業」をキッカケに、このプロジェクトが立ち上がり、その第一回目の意見交換会が7月22日に開かれました。

日曜日の朝にもかかわらず、各自治会長、各団体や小学校校長先生など36人もの参加がありました。最初は何をするのか不安そうな様子でしたが、進行役の方が、場の雰囲気を和ませながら会議を進められ普段あまりしゃべられない方も、進んで自分の考えを語られていました。

「5年先に八坂がこうあったらいいな」というテーマでは6グループで意見を出し合い、それらの意見の人気投票も行なわれ盛り上がりました。この盛り上がった熱が冷めない内に、次の会を早くやりたいとの声があちこちから聞こえました。

何回か交換会を重ねて、具体的に「八坂を変えていこう、元気にしていこう」という強い想いを参加者全員で共有できました。

アンケートで「次回の会議に参加しますか?」に36人中35人の 方が参加したいとありました。確実に一歩動き出しました

ー八坂を元気にポロジェクトー交換会     集落支援員:市原茂