思い出

1.「うなぎ」
 昔の子供の頃を思い出した、中国では「うなぎ」の消費が多くなり、今までのような安値では日本に輸出できない、という中国の輸出業者の言葉がテレビで流れて、子供の頃を思い出した。
僕が住んでいた家の近くの南谷という幅20m程度の川では、農繁期になる前に全幅をせき止めて、小さな小川に水を流し田圃に送る準備をする。
したがって、その堰の下流は水がなくなり逃げ遅れた魚たちが手掴みで獲れる。
子供たちは、その下流に陣取って水がなくなるのをひたすら待っている。とそのとき僕の前に小さな「うなぎ」が現れた。
当時でも、「うなぎ」は少なく貴重な食べ物だった。僕は無我夢中でそのうなぎの捕獲に挑んだが、ヌルヌルして掴んでは逃げられ、掴んでは逃げられ、・・・そこで僕は小さなうなぎに噛み付いて・・・やっとバケツの中に入れ、喜び勇んで我が家に帰り誇らしく家族に見せた。
しかし、噛み付いて捕まえたことは誰にも言わなかった。

2.「ゲゲゲの女房」
 ゲゲゲの女房NHKの朝の連続ドラマ「ゲゲゲの女房」を、久し振りに興味ある朝の連続ドラマとしてみるのを楽しみにしている。今日は紙芝居の話があったが、僕が子供の頃唯一つの文化的楽しみとして紙芝居を見ることがあった。それも数ヶ月に一回集落の集会所で開かれた、兄たちは遠くの集会所まで見に出かけていたが僕は年が離れていた所為もあって連れて行ってもらえなかったが、一度だけ2km程度はなれた「写真の山の麓」辺りの集会所に連れて行ってもらったことを思い出した。
出し物は、森鴎外の「山椒大夫」とか「高瀬舟」、芥川龍之介の「蜘蛛の糸」とかであったことを覚えている。
また、ゲゲゲの女房の中で「九州の炭鉱町へゆく」という言葉が出て、僕が社会人として最初の就職先(三井三池)との関係もあり、またまた水木しげる夫妻は僕の出身地の島根県の直ぐ隣の県の出身でもあり、益々興味深い番組となった。